むかし、一遍という名高い坊様がおりました。そのまだ若かりしころ、当麻亀形の丘に金光院という庵を結び、日夜念仏三昧という修行を積んでいました。
あるとき、川向こうの依知村の地頭の屋敷に、日蓮が法難を逃れてやって来ました。村を托鉢していた一遍がそのことを聞き、さっそく日蓮を訪ね、旧交を暖め慰めたということです。一遍と日蓮は、比叡山で一緒に修行をした法兄弟だったのです。
ところが話は思わぬ方向に進むのです。地頭にお花という娘がおりました。そのお花がこともあろうに一遍を見て、いっぺんに熱が上がってしまったのです。
それほど一遍は、顔は日に焼け法衣は色褪せていても、天成の容姿と気品を持っていたのです。
お花は親の目をぬすみ、相模川を渡って、金光院の庵で念仏修行に励む一遍の元へ通うようになりました。 一遍といえども乙女の純情に、心の葛藤がないはずはないと思うのですが、やはりきびしい戒律に身を委ねた一遍の心は不動でした。
お花は諦めきれない胸を押さえて、「せめて声の聞こえるあたりにでも」と、この谷戸の山ぶところに自分も草庵を結び、一遍に唱和しつつ、菩提の道に赴いたということです。お花が谷戸の地名を残す由縁です。
座間美都治
相模原民話伝説集より