いつの頃かわかりませんが、相模川の向うの小倉山から、こちらの大島村まで出て来て、山で獲ってきた鳥や獣を、村の人々の米や塩と物々交換する仙人がいました。仙人といっても本物の仙人というわけではなく風貌がいかにも仙人のように見えたというだけで、本当は市兵衛同心という名前でした。この男は元々奉行所の役人でしたが、なぜか世をはかなんで、小倉山に隠れ住んで、仙人のような暮らしをしていたそうです。今に同心沢とか市兵衛平という地名が残っているのがその証しです。
さて、この仙人の逸話ですが、相模川の上流、下小倉というところの名主の家の土蔵に大蛇が住み付いていて、この大蛇、始めは穀物を荒らす鼠を獲ってくれたりするので重宝がられていましたが、あまりの大飯ぐらいで、さすがの名主もとうとう飼いきれなくなり、近くの小倉山に捨ててしまいました。里育ちで、慣れない山に捨てられて弱っている蛇を助けたのが市兵衛同心でした。その後、野生に戻った蛇は恩返しにと、鳥や獣を獲ってきては市兵衛に与えたというわけです。
そんな訳で、市兵衛の持ってくる鳥や獣は、どこにも傷がなく、生きているようだったので高く売れたそうです。
しかし、その市兵衛もいつの間にか行方知れずになってしまい、誰もその終わりを見たもはいないということです。
座間美都治
相模原民話伝説集より